今回の登場人物
源九郎とよ
源九郎とよ(本名土井美苗):復興活動物語のボランティアチームスタッフ代表。 この当時は警察官をしておりました。 当時は本名を隠してペンネームの「源九郎とよ」で活躍しておりました。
中川おじちゃん
語り部「中川のおじちゃん」:源九郎とよと一緒に神社の復興活動をスタートさせることとなる神社の総代さん。 今では神社の「語り部氏」として、雑誌やテレビなどにも取り上げられる神社の顔。 陽気で優しくてダンディーな人で、とよが第二の父と仰ぐ存在。
中川おばちゃん
中川のおばちゃん:語り部氏の奥様。 神社の境内で四季折々のお花を育てているお花の守人。 陽気で優しくて、笑っているところしか見たことがない朗らかな人
復興活動の最初は、源九郎とよと中川さんご夫婦のたった3人で「綺麗な神社でお正月を迎えたい」、それだけの思いで神社の掃除を始めました。
そして、その思いが通じたのか、無事に洞泉寺町の皆さんたちと一緒に、綺麗になった神社でお正月を迎えることができました。
中川のおじちゃんに、今でも
中川おじちゃん
とよさんは、あの時、まるで何かにとりつかれたように、神社の掃除をしていましたね〰
と言われるのですが、本当に自分でも凄いパワーだったと思います。
もう一度、同じことをしろを言われても、たぶんできないと思う位、大変な作業でした。
そして・・この掃除の途中には、神社の数々の不思議にも遭遇しました。
今回は、源九郎とよが遭遇した、源九郎稲荷神社神社の7不思議をご紹介したいと思います。
前回42話のお話はこちら
目次
不思議その1 境内のいたるところに置かれた大きな石
今は、石屋さんにすべて撤去してもらったため1つも残っていませんが、掃除を始めた頃には、本当にすごい量の大きな石が境内のいたるところにゴロゴロと置かれていたのです。
境内に転がる謎の石の撤去に関する記事はこちら
色々と、昔を知る人に聞き込み捜査をしましたところ、吉野出身だった前のおじいちゃん宮司さんが、吉野川の川原から石を運んで来たそうです。
源九郎とよ
なんで???
理由は、誰にもわかりません。
不思議その2 なぜ神殿の周りがゴミ捨て場になっていたの?
前のおじいちゃん宮司さんは、源九郎とよがお掃除をするのは大歓迎してくれましたが、その際、何度も
おじいちゃん宮司さん
絶対に神殿の周りには近づいたらあかん
と厳しいく言いました。
宮司さんが亡くなられて、中川さんご夫婦と神殿周りの掃除を始めた時、とよは自分の目を疑いました。
神殿の周りには、ビニールシートやトタン板等で覆われた何かが積み重ねられていたのですが・・・・
その何かは、家庭ごみでした!!
そして、ゴキブリがウジョウジョ!!
この時、源九郎稲荷大神様は、こんな不浄な状態でずっと我慢されていたのかと思うと涙がでました。
神殿周りに捨てられたゴミの記事はこちら
しかし、前の宮司さんは源九郎稲荷神社には暮らしておらず、1週間に1度くらいの割合で神社に通ってこられていました。
なので・・・・この家庭ゴミは宮司さんが使っていたものだとは考えにくく、いったい誰が捨てたものなのかが今でも謎です。
おそらく、前の宮司さんも、なんとか片付けないといけないとは思いながらも、高齢であるため、ひとりでは片づけることもどうすることもできず、ビニールシーやとトタン板等で隠していたように思えます。
なにせ・・・食器や日用品の他に風呂の蓋や、部屋の扉等もあり、少しただ事ではないゴミの種類と多さでした。
でも、そのおじいちゃん宮司さんの前の宮司さんは、一家で社務所に住んでおられたらしく、その時の家庭用品は、そのまま社務所に残っているので、前々宮司さん一家が捨てたことも考えにくいのです。
神職にある方が、神殿の周りにゴミをすてるなど、普通に考えてもあり得ないことです。
なので、とよとしては、前々宮司さんが亡くなられて、前おじいちゃん宮司さんが源九郎稲荷神社に来るまでの間、宮司さん不在期間がかなりあったと聞いておりますので、留守になった神社に、誰かがゴミを捨てに来たように思えてなりません。
なにせ、本当に家財道具一式が、捨てられていた・・・・のです。
また、木製の扉等も捨てられていましたが、中川のおじちゃんの話では、神社の社務所内に、こんな木製の扉は使用されていなかったとのことでしたので、やはり、誰かが外部から持ち込んで捨てていったのだと思います。
おそらく、前おじいちゃん宮司さんもびっくりしたんだろうな〰と思います。
村の人に、一言相談すれば、なんとかしてくれたはずなのに・・・・・
そこには、前宮司さんの性格的なものと、前宮司さんが源九郎稲荷神社に来る前に宮司をされていた神社の氏子さん達と上手くいかなかったという話も聞いておりましたので、洞泉寺町の人達をあまり信用されていなかったんだろうなと思います。
これは、とよが、おじいちゃん宮司さんと二人で大晦日を迎えた時に、宮司さんがおっしゃられていたことなのですが
おじいちゃん宮司さん
洞泉寺町の人達とうまくいっていない。つきあいがあるのは、中川さんだけだ。
という話からも、感じたことです。
宮司さんは通いの宮司さんだったので、洞泉寺町にはなかなか馴染めなかったようです。
その原因の1つは、とある新興宗教の教団から、多額の寄付をいただいていたことも関係していたようです。
宮司さんは、その教団からの寄付で神社の行事関係をまかなっていたようで、その寄付をあてにしていたのです。
とよが、掃除を始めたときも、その教団の人達がたくさんお参りに来られていました。
というより、その教団の人しかこなかったといのが正解の状態でした。
その教団は、教祖のおばあさんに源九郎稲荷大神様が降りて来られてお告げをするということで、源九郎稲荷大神様を自分達の神だと言っておられました。
そのため、他の人達の共存を嫌い、源九郎稲荷神社を自分達だけの神社にしようとしている感がありました。
おじいちゃん宮司さんは、とよの目から見ると、その教団の言いなりになっているように見えましたし、とよにはあんなに厳しい口調で話されるのに、教団の人にはいつもペコぺコされていました。
洞泉寺町の方達は、その教団の人達に対して、あまり良い感情を抱いておられないのは確かであり、そのため、おじいちゃん宮司さんの時は、宮司さんの性格と教団の出入りが激しいこともあって、あまり神社に近づかないようになっていたのです。
そのため、おじいちゃん宮司さんはいつも
おじいちゃん宮司さん
近所の者は何も手伝ってくれない
と愚痴をこぼされていました。
なので、家財道具のゴミについても、近所の人達に相談することもできずに、そのままトタン板い等で隠して放置していたのかもしれません。
不思議その3 積み上げられた謎の石と怖い言い伝え
境内の源光稲荷神社の祠の横に、以前四角形の石が、私の腰の高さ位まで何枚も積み上げられいました。
それが何のために積み上げられていたのか、今でも謎なのです。
中川さんに聞くと、昔はなかったとのことです。
そして、その石を撤去することになった時・・・
それらの石は、昔、郡山城の外堀にかかっていた石の橋であることがわかりました。
中川のおじちゃんは、源九郎稲荷神社がある洞泉寺町で生まれ育った方なので、その石橋について記憶を辿ってもらうと・・・
その橋は、洞泉寺町内の外堀にかかっていた橋で、その橋があった外堀はすでに埋め立てられていまはなくなっているとのことでした。
しかし、まさかその外堀にかかっていた橋が、神社に運ばれていたとは思いもよらなかったそうです。
そして・・・この石橋には少し怖いお話がありました。
おじちゃんが子供の頃に聞かされた話だそうですが、洞泉寺町が遊郭として栄えていた頃、近所にとてもやんちゃな男の子がいたそうです。
その子は、いつのその石橋の上からお堀に向かってしょんべんをしていたそうです。
大人の人にいくら注意されてもやめず、「そのうち源九郎さんのバチがあたるわ」と言われても神様なんて怖くないわと、毎日毎日しょんべんを続けたそうです。
そしてある日、その子が竹馬に乗って遊んでおり、その石橋を竹馬に乗ったまま渡ろうとしたそうです。
すると・・・その石橋の継ぎ目に竹馬がひっかかり、男の子は竹馬から落馬してしまったのです。
単に、落馬するだけなら、本当の馬から落馬じゃないので、それほどの怪我もしなかったでしょうが、不幸なことに、竹馬の端が目に刺さり失明してしまったそうなのです。
おじちゃんも、小さい時に伝え聞いた噂話なので、それが事実なのかどうかはわからないとおっしゃっていましたが、この話が本当ならとても怖い話ですよね。
源九郎とよ
その時の石の橋が、この積み上げられた石だったらどうしよう〰
と、ぞっとしました。
不思議その4 「静守大神」という謎の神様の扁額
さらに、石橋には不思議なことがもう一つありました。
お掃除をしているときに、この積み上げられた石の奥で、何か光る物をみつけました。
手を入れて取り出してみると、「静守大神」と書かれた扁額でした。
静守大神という名の扁額発見の記事はこちら
これについても、おじちゃんに記憶を辿ってもらいましたが、源九郎稲荷神社に静守大神という神様が祀られていた記憶はまったくなく、またそれらしき祠もないということでした。
実際に、数年して出てきた神社建立時の写真にも、今の源九郎さんの社殿した写っておらず、他の神様の祠はありませんでした。
大和民族博物館の学芸員の方にも見ていただきましたが、これは小さな祠の扁額ではなく、かなり立派な社殿にかかっていたものでしょうということでした。
因みに、「静守大神」という神様は、図書館で調べても、その名前の神様は見当たりませんでした。
お火焚祭を執り行ってくださっている岩岸住職は
知足山玄明院岩岸住職
おそらく源九郎さんのことをさしているんやろうね
と言っておられました。
また、後に私が知り合ったお稲荷さんの本を出版されている静御前の末裔の方も、この神様は源九郎さんのことだと言われていました。
静を守る神様・・・静とは、静御前のことであり、静守った神様とは、確かに源九郎さんしかおりません。
おそらく、お二人の説は正しいと思います。
だとしたら・・・この扁額の主である社殿は、いったいどこに建っていたのでしょうか?
神社に残された資料には、どこを探してもこの扁額のことは記されていません。
そもそも、なぜ積み上げられた石の中に隠されていたのでしょうか?
隠さなければいけない理由があったのでしょうか?
とても謎です。
この扁額を見つけた時のことですが、中川のおじちゃんは、こういう謎的なことは怖くて苦手だそうで、この扁額にも触ろうとしませんでした。
源九郎とよ
おじちゃん、これどうしましょ?どこに置いておきましょう?
ととよがおじちゃんに聞いたら、
中川おじちゃん
もう一度、その石の中に戻しといて
というのです。
源九郎とよ
えっ〰、それはあかんでしょ?
中川おじちゃん
私は、どうもそういうのは苦手ですねん。そういうのはとよさんの担当ということにしましょう。
どこでもとよさんの好きなところに置いてきてください。
私は気持ち悪くてよう触りませんわ〰
と言われました。
そんなことから、この扁額は社務所の中に一時保管することになりました。
しかし、太っ腹なおじちゃんに、こういう側面があったのはびっくりしました。
ただ、今ではすっかり「語り部」として神様の使いになられたおじちゃんですが、まだこの頃のおじちゃんですが、得体のしれない物に恐怖を覚えておられました。
・・・でも、あの頃の神社は、正直得体がしれなかったのは確かだし、とよもかなりの気味悪さは感じながらお掃除をしてました。
不思議その5 ゴミの中から見つかった鏡
それからしばらくして、またとんでもないものが発見されました。
神殿に置かれていたものだと思われる鏡です。
これは、おじちゃんが見つけました。
ゴミの中から見つかった鏡のきじは記事はこちら
おじちゃんは、社務所の横にある倉庫の整理をしてくださっていたのですが、その倉庫はまるでゴミ館で、信者さん達がいらなくなったからと持ち込んだお稲荷さんの家庭用の祠や、お札、たくさんの狐さんの陶器の像等がゴミの中に埋もれていました。
源九郎とよ
なんで、神様のものをこんな状態にできるん??
と目を疑いたくなる風景でした。
そして、その中におそらくご神殿に置かれていたと思われる鏡が埋もれていたのです。
現在、その鏡は綺麗に磨いてもらい、神殿の前に飾っておりますが、発見時は光を失い悲惨な姿でした。
中川おじちゃん
それでな・・・とよさん、これだけでなく、もう1つ発見したんや
とおじちゃんは、今度は私を神殿へと連れて行きました。
中川おじちゃん
この神殿の中に備え付けられた棚の上にな、壊れた鏡を置く台が置いてあってん。
それで、この鏡をみつけたときに、ひょっとしたら、あの台はこの鏡の台なんと違うやろかと思い、2つを合体させたらぴったりやってん
そういいながら、おじちゃんは、鏡を神殿の中にあった鏡台の上にセットしました。
中川おじちゃん
なっ、ぴったりやろ!!
ということで、この壊れた鏡台も修理していただき、磨き直された鏡と一緒に、今は本来あるべき神殿の前に飾られています。
しかし・・・それにしてもなんで、ご神体とも考えられる鏡がゴミの中にあったのでしょうか・・・
1つ考えられるのは・・・
源九郎稲荷神社の前おじいちゃん宮司さんは、源九郎さんの宮司をする前に矢田坐久志玉比古神社という矢田山にある神社で宮司をされていました。
なぜ、矢田坐久志玉比古神社から源九郎稲荷神社に変わられたのか、その辺りの事情を、私はとある人から聞きました。
その理由は・・・宮司さんが、矢田坐久志玉比古神社の神殿の前に置かれていた鏡を燃やされたそうなのです。
理由はよくわかりません。
そのことが原因で、氏子さんと揉めて神社を追い出されたらしいのですが、ちょうど源九郎稲荷神社の前々宮司さんがお亡くなりになり、しばらく源九郎稲荷神社は宮司さん不在の状態になっていました。
そのため神社庁から、前おじいちゃん宮司さんに「通いでいいので源九郎稲荷神社の宮司になってほしい」と依頼され、源九郎稲荷神社に来られることになったそうなのです。
なので、前の宮司さんが、鏡に何か特別な悪い感情を持っていたのかもしれません。
宮司さんが鏡を燃やすなど考えられないことです。
なので、源九郎さんの鏡についても、前宮司さんだけにしかわからない何らかの理由で、取り除かれ、倉庫のゴミの中に捨てられてしまったのかもしれません。
不思議その6 ご神殿の中のお札
このことがあってから、
源九郎とよ
神殿の中には、本当にちゃんと源九郎稲荷大明神が祀られているんだろうか?
という不安がよぎりました。
また、岩岸住職からも、
知足山玄明院岩岸住職
一度神殿の中を調べたほうがいいよ
と言われていました。
中川のおじちゃんに、そのことを話したら、
中川おじちゃん
まさか、それは大丈夫ですやろ〰。
と言われたもの、おじちゃんも若干の不安を感じたのか、すぐに神社の宮司を兼務していただいている薬八万神宮の宮司さんに来ていただいて、神殿の中を開けました。
すると・・・ちゃんと源九郎稲荷大明神様はお祭りされていました。
しかし・・・しかしですよ〰
なんと、全く関係のない神様のお札が沢山一緒に祀られていたのです。
これには、宮司さんも腰を抜かしそうになっておられました。
これにも理由があったのでしょうか?
前宮司さんが亡くなられた今、聞くすべはありませんが、これも不思議でならない出来事でした。
これらの全く関係のない神様方のお札は、薬八幡宮の宮司さんが全て撤去され、自分の神社でお祓いをするのといって持って帰られました。
また、倉庫から発見された沢山のお稲荷様のお札や神棚についても、薬八幡宮と玄明院の岩岸住職が手分けして持って帰ってくださいました。
なので、今、源九郎さんのご神殿には源九郎稲荷大明神様だけが鎮座されておらえます。
たぶん、今は神殿をシェアしている神様もおらず、のびのびとされていると思います。
神殿の中を開けてみると!源九郎稲荷アパートと化していました!の記事はこちら
不思議その7 「狐〇〇と狐〇〇」の発見
不思議の7つ目は、源九郎稲荷神社最大の不思議です。
神社の境内からは、おそらく源九郎稲荷大神様の本当のご神体であろうと考えられる凄いものが2つ発見されました。
これら2つについては宝物級の物になるので、玄明院の岩岸住職にお祓いをしていただき、その後とよと岩岸住職の二人で自腹を切ってお金を出し合って修繕をしてから、とある機関に保管していただいております。
それが何なのかは、一切口にすることはできませんが、これらのものを見て
源九郎とよ
この神社はとんでもなく凄い神社なんだ!!
ととよは改めてびっくりしました。
この2つは、源九郎稲荷神社にセキュリティのしっかりとした宝物庫ができるまでは、絶対に神社に戻すことはできない物なので、ひょっとして・・・・・とよがバンコクに行かされたのは、源九郎大神様が「しっかり働いて金を貯めて、宝物庫を作ってくれ」ととよに使命を課したのかもしれないと思っています。
このうちの1つは、やはり・・・・・倉庫のゴミの中から見つかりました
そして、もう1つは、神社の境内の中にある摂社の「源光稲荷神社」の社殿の中を掃除している時に発見しました。
発見した数日後に、玄明院のご住職と、ご住職のお知り合いで四天王寺の僧侶の方が来られたので、見ていただいたところ、
知足山玄明院岩岸住職
源九郎稲荷神社が日本三大稲荷と言われる由縁がこういうことだったのか・・・
とびっくりされました。
なので、これについても倉庫から発見されたもう1つの物と一緒に、とある機関にお願いして現在も厳重保管していたいだいております
しかし・・・2つとも、未だにどういう意味を持つものかははっきりとは分かっておりません。
「源九郎とよ」がみなさまに伝えたいこと再び
以上が、源九郎稲荷神社の7不思議になります。
このように・・・・源九郎とよが神社に戻って来てお掃除を再開した最初の頃は、不思議なことばかりだったのです。
とよは、神社を放ったらかしにすると、考えられないようなことがたくさん起こるんだなと思いました。
神仏は体を持ちません。
なので、神様が自分で神社のお掃除をしたりできません。
汚くなっても、神様には直接神社に手をくだすことができないのです。
神様がどんなにお力を持っていたとしても、そこに人の手がないと神社というものは荒廃していきます。
今、日本中に、人の手が届かなくなり、荒廃している神社は沢山あります。
さぞかし神様は不自由をされていることでしょう。
ひょっとしたら、その神社を捨て去って、どこか放浪の旅に出られてしまっているかもしれません。
そうなると、人の手ではどうにもできないようなことが起こった時に、神様に守っていただくことができなくなります。
日本人は、古来から神と共に生きて来た民族です。
それが、戦後のアメリカGHQによる洗脳施策で、多くの人が神仏を慕い敬う魂を奪われてしまいました。
しかし今、再び多くの人が神仏の大切に気付き、神仏と共に生きる本来の生き方に戻ろうとしています。
神様を大切にしようとする人の心は、とても大きなエネルギーになります。
今、源九郎稲荷神社は、沢山の人の力により、これまで私が書き記したことなど考えられないくらい、美しく、素晴らしい神社へと戻りました。
日本中の皆さんが、自分のすぐ身近にある、人から忘れ去られた荒廃した神社の存在に気づき、その神社を元ある姿に戻すことで、神様は私達の元に戻って来てくださいます。
そして、私達の願いを聞き、叶え、私達の生活を守ってくださるのです。
源九郎稲荷神社が、その見本になるべき神社だと考えています。
神社の負の部分を公開することは、神社の神格を汚すことになるという批判もありますが、源九郎稲荷神社は、復興活動を通して、神社の神格を守ることが大切なのではなく、人々の生活や人生を守ることが大切だと教えてくれました。
源九郎稲荷神社は、荒廃した神社の見本のような神社であったこと、けれど、それを人の力で立て直した神社であること、そして復興したことにより沢山の人を幸せにしている神社であることを、多くの人に伝えなければいけないと思います。
なので、神社を荒廃させるとこんなに酷いことになるんだという事実を、多くの人に知っていただき、身近な神社に目を向けていただくことが源九郎とよの願いなのです。
源九郎とよが、この考えに行きつくまでには、多くの人との縁がありました。
そういう縁を結んでくださるのも、また神様なのだととよは考えております。
そして・・・
この先さらに、多くの出会いが続いていくのです。
物語のつづき第44話はこちら
復興活動物語の目次はこちら
源九郎稲荷神社復興活動に続く「源九郎とよのバンコクスパ経営奮闘記」
源九郎とよ
源九郎稲荷神社がある程度復興して、多くの方が参拝に来てくださるようになった2014年、とよはある決意をします。
それまで勤めていた警察を辞めて、タイ、バンコクで新たな挑戦を始めることになったのです。
とよが源九郎稲荷神社復興活動チームから離れて、警察同期生だった親友の助けを得ながら異国タイで奮闘するハチャメチャな様子を綴った物語が「元女性警察官(刑事)コンピがバンコクでスパ経営物語」です。
なんとか成功してお金を貯めて源九郎稲荷神社の社務所を建て替えるのがとよの夢なのですが、新型コロナウィルスのパンデミックもあり、なかなかすんなりとはいかない状態です。
でも、夢をあきらめずにやれるところまで頑張ってみたいと思います。ご興味のある方は、そんな源九郎とよの奮闘状況をご覧ください。
元女性警察官(刑事)コンビのバンコクスパ経営物語