今回の登場人物
源九郎とよ(本名土井美苗):復興活動物語のボランティアチームスタッフ代表。この当時は警察官をしておりました。当時は本名を隠してペンネームの「源九郎とよ」で活躍しておりました。
語り部「中川のおじちゃん」:源九郎とよと一緒に神社の復興活動をスタートさせることとなる神社の総代さん。今では神社の「語り部氏」として、雑誌やテレビなどにも取り上げられる神社の顔。陽気で優しくてダンディーな人で、とよが第二の父と仰ぐ存在。
中川のおばちゃん:語り部氏の奥様。神社の境内で四季折々のお花を育てているお花の守人。陽気で優しくて、笑っているところしか見たことがない朗らかな人
トンドをしていて消防署に通報された源九郎とよたちですが、以外にも、駆け付けた消防士さんは、とても優しくて、
って感じで、とても遠慮しながら、とよ達に指導されたのです・・・・・
しかし・・・
今の時代は、なんでも苦情を言われるので、日本という国は大変ですよね。
とよは、今タイに住んでいるので、なんでもマイペンライ「大丈夫だよ〰」で、受け流してくれる国民性の国であるため、細かいことを気にせずに毎日暮らせることにとても幸せを感じているんです。
というのも、とよが、前職の警察官をしているときは、停電になったとき
と警察署の電話に苦情電話が殺到したことがありました。
でしたがね。
後、自分で歩いていて釘を踏まれたのに、
道路に釘が落ちていて怪我をした、どうするんや!
病院代お前らが出せ!! この税金泥棒が!!
と言って、乗り込んでこられた人もいました。
としか言えませんでしたが・・・
あと、
犬が家の庭に入り込んで来た!!
かみ殺される〰!!
すぐに来てくれ!!
という苦情があって、どんなデカい犬だろうと、こちらも恐る恐る苦情先の家に行ったら、小さなマルチーズだった・・・・
ということもありました。
本当に、日本は生きずらくなったな〰と思います。
まぁ、この時は、ゴミを燃やした源九郎とよが悪いので苦情を言われても当然なのですが、付近住民の中には神社の復興活動を快く思わない方もいて、この他にもかなり色んな苦情を言われました。
まぁ、いつも同じ方でしたが・・・。
この奮闘記にも以前書きましたが、掃除を始めた頃のことです。
最初、神殿周りに置かれていた木材や、境内の落ち葉を神社の境内の端の方に集めて置いていたのですが、匿名で、「誰かが火をつけて火事になったらどうするねん」と苦情がありました。
苦情の記事はこちら
中川さんご夫婦が、申し訳なさそうに
せっかくとよさんが苦労して、落ち葉を集めてこの場所まで一輪車で何往復もして運んでくれたんやけど、もう一度元の場所に戻してくれるやろか・・・
と言って来た時には、それまでの労力が無駄だったとわかり、力が抜けてその場に座り込みたくなった・・・ということもありました。
いくら神社が公共の場所だといっても、境内に置いている物にまで苦情をいうなんてあんまりや〰と思いましたね。
でもこの洞泉寺町では、一番立派だと言われていた遊郭の建物が火事で全焼してしまったらしく、その時のことがあるため、火事に関しては、とても神経質になられているのかもしれません。
復興活動というのは、ただ単に神社を綺麗にすればいいというものではなく、個人のものではないだけに、いろんな人のことを考えながら進めていかなければいけない難しさがあるのですよね〰。
この時は、仕方なく、もう一度集めた落ち葉や木材を、神殿の周りに運びました。
この同じことを2回するという作業は、結構の中では苦い思い出になっているのですが、数年後に、この苦い思い出に追い打ちをかけらえるような出来事がありました。
神社の横にある通称「狐道」と呼ばれている細い路地があるのですが、洞泉寺町の住民の皆さんはみんなそこを通って、表通りの大きな道へと出ていました。
ところが、洞泉寺町の人ではなく、別の地域の住民から
こんな細い路地があるのは安全上よくない。
女の子とか路地に引き込まれて何かあったらどうするんや
と市に苦情があり、その道に柵がされて通れなくなってしまったのです。
その狐道は、火事になった際、洞泉寺町内の道は狭くて大型消防車が入れないため、表通りに消防車を止めて、狐道にホースを引き入れて消火活動をする役割を果たしていたそうなのです。
そして、その柵を設けた途端に洞泉寺町内で火事があり、やはり大型消防車が入れなくて大変だったそうです。
柵の鍵は市が保管しているので、しばらくして担当者が鍵を開けて、狐道からホースを引き入れて消火活動ができたそうなのですが、かなりの時間のロスがあったそうです。
柵を取り付けた理由も一理あるとは思います。
でも、それで消火活動ができなくて、もし、火事で誰かが亡くなるようなことがあれば・・・・・
とよなら、柵じゃなく、防犯灯をつけるなど別の方法を考えるのですが・・・
実は、この苦情を市に申し入れた方は、源九郎稲荷神社の幟(のぼり)を、神社の東側の柵に取り付けただけで、市に苦情を言って行かれれる方でした。
神社の東側の土地は市の土地であり、神社の境内とこの市の所有する土地との間に設けられた柵は市の物だと、この苦情主はよく知っているのです。
源九郎稲荷神社は、主要道路に面しているものの、主要道路側に入口がないため、神社の存在に気付かない方が沢山おられます。
中川のおじちゃんは、少しでも、ここに源九郎稲荷神社があるのをお参りに来られた方が見つけやすいようにと、幟を立てたのですが、それも数日で、この方の苦情により撤去せざるを得なくなりました。
この方は、間違いなく神社のことを良くは思われておらず、事あるごとに「苦情」という形で、私達の活動に仕掛けをしてきます。
でも、それにもめげずに、ここまで神社を復興させた中川のおじちゃんの力は、やはり凄いと思います。
洞泉寺町の皆様と迎えた大晦日
さて・・・、こんなトラブルがありながらも、なんとか大晦日には、神社の掃除は70パーセント位終わりました。
お正月を迎えて、歳神様に来ていただけそうです。
薬園八幡宮の若宮司さんが、手作りの門松を持ってきてくださいました。
(この当時は、源九郎稲荷神社には宮司さんがおられなかったため、お隣の町の薬園八幡宮の宮司さんが、祭りごとの時は兼務として神事を執り行って下さることになりました)
午後8時から、年越しの祈祷をしてくださるということで、近所の方にも声をかけました。
中川のおばちゃんが、神社にお参りにきてくださる方へ振舞うためにおぜんざいをたいてくれました。
2年前は、宮司さんと二人きりで向かえた大晦日・・・、今年はどれだけの人が来て下さるのかな~
と思いながら、午後8時を待ちました。
近所の方が、一人、二人・・・と次々に集まって来て下さいました。
約15人くらいは来て下さったと思います。
神殿の前に椅子を並べて、みんなで座り、薬園八幡宮の若宮司さんの祈祷が始まりました。
久しぶりに聞く、大払詞でした。
きっと、源九郎稲荷大神様も喜んでいたと思います。
2年前は、とよとおじいちゃん宮司さん二人だけで神社での大晦日を迎えたけれど、昨年はとよは来なかったので、きっと宮司さんがお一人で年越の祈祷を行われたのではないでしょうか・・・
源九郎さん、とても寂しかったでしょうね・・・・・
祈祷の後は、みんなで社務所に入り、中川のおばちゃんや近所の奥さん達が作ってくださった年越しそばをいただきました。
とてもおいしかったです。
そして、みんなでお酒を飲みながら、源九郎さんがここまで綺麗になってよかったという話をしました。
中川のおじちゃんが、近所のみなさんにとよが神社の掃除をし出したいきさつを紹介してくださいました。
みなさんからお礼を言われて、とよはとても恥ずかしかったです。
でも、みなさんの喜ぶ顔がとてもうれしかったです。
午後11時30分ころから、外に出てトンドに火を入れました。
除夜の鐘が聞こえてきました。

綺麗になった神社でお正月を迎えることができるんだな~
トンドの火を見ながら、とても幸せな気分になりました。
そう思いました。
そんな私の傍に、なぜか源九郎さんが寄り添ってくださっているような気持ちになりました。
物語番外編「九頭竜と年老いた猿の不思議な話」はこちら
物語の続き第39話はこちら
復興活動物語の目次はこちら
源九郎稲荷神社復興活動に続く「源九郎とよのバンコクスパ経営奮闘記」
源九郎稲荷神社がある程度復興して、多くの方が参拝に来てくださるようになった2014年、とよはある決意をします。
それまで勤めていた警察を辞めて、タイ、バンコクで新たな挑戦を始めることになったのです。
とよが源九郎稲荷神社復興活動チームから離れて、警察同期生だった親友の助けを得ながら異国タイで奮闘するハチャメチャな様子を綴った物語が「元女性警察官(刑事)コンピがバンコクでスパ経営物語」です。
なんとか成功してお金を貯めて源九郎稲荷神社の社務所を建て替えるのがとよの夢なのですが、新型コロナウィルスのパンデミックもあり、なかなかすんなりとはいかない状態です。
でも、夢をあきらめずにやれるところまで頑張ってみたいと思います。ご興味のある方は、そんな源九郎とよの奮闘状況をご覧ください。
元女性警察官(刑事)コンビのバンコクスパ経営物語
