信貴山朝護孫子寺奥の院で住職のお母さまに霊視してもらったところ?(源九郎稲荷神社復興物語 第12話)

今回の登場人物
源九郎とよ
源九郎とよ
源九郎とよ(本名土井美苗):復興活動物語のボランティアチームスタッフ代表。この当時は警察官をしておりました。当時は本名を隠してペンネームの「源九郎とよ」で活躍しておりました。
美里
美里
美里:とよの親友。癌で余命3か月の命。とよの警察同僚のHくんとは高校の同級生
信貴山奥の院住職お母様
信貴山奥の院住職お母様
信貴山朝護孫子寺奥の院の住職のお母さま:無料で様々な相談を受けている有名な霊能者

 

友人の癌闘病生活をきっかけに、源九郎稲荷神社に毎日のお参りと、休日の境内のお掃除を始めたとよでしたが、余命宣告をされた友人の美里は、抗がん剤治療に臨み日に日に体調が良くなってきました。

 

前回は、そんな美里を励ますために、お見舞いに行く際には、源九郎稲荷神社の近くにある「お花屋さん:ほりうち」で、美里の大好きな紫の花をアレンジメントしてもらいました。

前回は、その様子を綴っております。

 

前回の記事はこちらから

 

闘病中の親友美里の退院

 

余命3ヶ月と宣告された美里でしたが、夏には退院できるほどに良くなりました。
けっして癌がなくなったわけではないけれど、小康状態が続いているということで退院することができたのです。

私にとっては、奇跡が起こったような気がしました。

 

抗がん剤治療は、1ヶ月に1回、そのときだけ3日程入院して受けることになりました。
退院してすぐ、美里は大好きな阪神タイガースの試合を見に行きおおはしゃぎでした。

 

美里はもともと天理教の信者であり、信仰心がとても熱い子でした。
その後、天理教の修養科生になり、奉仕活動をするようになりました。

 

とても、無理のできる体ではなかったので、仕事には復帰することはできませんでした。
それでも、美里はとても楽しそうでした。

 

美里は、フランス料理の調理師免許を持っていたので、天理教に外国人のお客さんが来られたとき、自慢のフランス料理を作ってもてなしたらしく、大好きな料理も作ることができるくらい回復していました。

けれど・・

私は、元気になった美里に敢えて会いませんでした。

 

なぜか心の中で、この時の状態がいつまでも続くわけではないと感じていました。

だから、今の間に美里のやりたいことをして、いろんな人に出会って、色んな思い出を作ってほしいと思いました。

私の役割は、美里の傍に寄り添うことではなくて、彼女が楽しい時間を少しでもすごせるように、神様の前で誓った誓いを続けることだと思いました。

 

 

そのため、八百万の神への巡礼を再開しました。

そんな中で、様々な不思議な経験をすることとなりました。

 

 

信貴山朝護孫子寺奥の院住職のお母さんから霊視されたこととは・・・

 

まず1つ目の不思議な体験は・・・

 

母と二人で、信貴山朝護孫子寺の毘沙門天王御出現大祭に行った時のことです。

 

7月3日に行われる信貴山寺のご本尊、毘沙門天様のお祭りになります。
この時は、12年に一度やってくる寅年の奥秘仏御開帳の時期とも重なり、すごい賑わいをみせておりました。

 

とよも、母も寅年であることから、奈良に引っ越して来てからは、初詣は必ず信貴山にお参りに行くようになっていました。

 

信貴山朝護孫子寺には奥の院がありす。
奥の院は信貴山からは少し離れた平群町の山の中にあり、その存在を知っている人は少ないと思います。

 

とよと母は、毘沙門天王御出現大祭が始まる前に、奥の院に行くことにしました。

 

この奥の院は、本当にわかりずらいところにあるのですが、とよは高校の時からこの奥の院に頻繁にお参りしていたので、道は熟知していました。

 

とても、静かで良いお寺です。
とよが母と二人で境内を散策しながらお参りしていると、お寺の住職の奥様と思われる方が声を掛けてくださいました。

 

信貴山奥の院住職お母様
信貴山奥の院住職お母様
ちょっと、こちらにいらっしゃいませんか
と呼ばれて、扉が閉まっていたお堂の中に入れていただきました。

 

そして、座ってお茶を頂いたのです、その時、この女性から不思議なことを言われました。
信貴山奥の院住職お母様
信貴山奥の院住職お母様
ちょっと、気になって声をかけさせていただきました。

あなたは、神仏に関わるお仕事をされていますか?

Toyoは、この時警察官をしていたので、源九郎稲荷神社の復興活動に取り組み始めてはいたものの職業のことを聞かれているのだと思い
源九郎とよ
源九郎とよ
いいえ
と答えました。
すると
信貴山奥の院住職お母様
信貴山奥の院住職お母様
そうですか。でもあなたは、これから神仏に深くかかわる人生を歩まれます。

もう既に足を一歩踏み入れているかもしれません。

と言われたのです。

 

源九郎とよ
源九郎とよ
それはどういうことですか?
信貴山奥の院住職お母様
信貴山奥の院住職お母様
私にも良くわかりませんが、これからあなたの生き方は大きく変わって行くと思います。

神仏に関わることは、逃げようと思っても逃げれるものではありません。

そんな不思議なやり取りがありました。

 

とよは、源九郎さんのことを言おうかどうか迷いましたが、結局何も伝えませんでした。
源九郎とよ
源九郎とよ
源九郎さんに関わっていくということだろうか?

 

結局、どういう形で関わるのかは、その女性にもわからないと言われました。
ただ、とよのこれからの人生で、そのことは「使命」になるだろうということでした。

 

その後、信貴山朝護孫寺に行き、お寺の授与品等を売っているおばちゃんと、少し話をすることになりました。
最初は、この日のお祭りのお話等を聞いていたのですが、とよは先程言われたことが気になり、そのおばちゃんに、奥の院の住職の奥さんだと思われる人のことを聞きました。

 

そこでわかったのは、とよにお告げのようなことを言った女性は、やはり住職のお母さんでした。

 

住職は、まだ30歳代の若い方だそうです。
先代の住職が病気でなくなり、跡と継ぐはずだった長男さんも交通事故で亡くなったため、今、奥の院は次男さんが継いでいることもわかりました。

 

そして、その住職のお母さんは、とても有名な霊能者だそうで、お金儲けで霊視はされていませんが、色んな悩み事があってお寺を訪ねて来られる方に霊視でアドバイスをされるらしいのです。

 

それがすごく当たるといことで、信者さんの間では住職さんよりも有名なのだそうです。

 

源九郎とよ
源九郎とよ
へえ、そんな人に神仏に関わる使命があると言われたんだ・・・
と思いとても気になりましたが、何をどう関わるのかもわからないし、あまり深く考えないようにしようと自分に言い聞かせました。

 

けれど・・・
自分には、とても深い縁のある聖徳太子ゆかりの寺の住職のお母さまに言われた言葉だけに・・・
今でもとよは、ずっと、その時の言葉が意味することはなんだったのか?

 

その答えを探し続けているのです。

 

次回13話の記事はこちら

 

源九郎稲荷神社復興活動に続く「源九郎とよのンコクス経営奮闘記」

 

源九郎とよ
源九郎とよ
源九郎稲荷神社がある程度復興して、多くの方が参拝に来てくださるようになった2014年、とよはある決意をします。

それまで勤めていた警察を辞めて、タイ、バンコクで新たな挑戦を始めることになったのです。とよが源九郎稲荷神社復興活動チームから離れて、警察同期生だった親友の助けを得ながら異国タイで奮闘するハチャメチャな様子を綴った物語が「元女性警察官(刑事)コンピがバンコクでスパ経営物語」です。

なんとか成功してお金を貯めて源九郎稲荷神社の社務所を建て替えるのがとよの夢なのですが、新型コロナウィルスのパンデミックもあり、なかなかすんなりとはいかない状態です。

でも、夢をあきらめずにやれるところまで頑張ってみたいと思います。ご興味のある方は、そんな源九郎とよの奮闘状況をご覧ください。 


元女性警察官(刑事)コンビのバンコクスパ経営物語