見える?聞こえる? 昔の人が持っていたという第六感は今もある!!(源九郎稲荷神社復興物語 番外編)

今回の登場人物
源九郎とよ
源九郎とよ
源九郎とよ(本名土井美苗):復興活動物語のボランティアチームスタッフ代表。この当時は警察官をしておりました。当時は本名を隠してペンネームの「源九郎とよ」で活躍しておりました。

 

前回は、源九郎稲荷神社の復興活動を始めたとよが、復興活動に携わるようになったのは、神仏に導かれた不思議な縁だったのかもしれないという記事をご紹介させていただきました 。
今から振り返っても・・・
源九郎とよ
源九郎とよ
もしあの時、私があの荒廃した源九郎稲荷神社に足を運ばなければ、あの神社はどうなっていたんだろう?
ということを度々考えます。

 

きっと、とよが行かなくても、別の人が復興活動を始めたのだろうと思います。

 

なぜなら、この復興活動は単純にとよの意思というものだけではなく、神仏からの導きというものが大きく働いているからです。

 

おそらく、とよだけでなく、とよの後に復興活動に携わってくださる多くの方が、それぞれ神仏に導かれ活動を開始してくださってるからです。

 

最初にとよと活動を始めた源九郎稲荷神社の語り部夫妻の「中川さんご夫婦」は、大神神社に深く関わっており、旦那様は全国崇敬会の会長までされています。
なので、やはりそこには大神神社の神様の深い導きがあったように感じます。

 

きっと、スタッフのみなさんが、それぞれ目に見えない導きによって、神社の復興活動のお手伝いをさせていただくために神様に呼ばれて集まってきた・・・と、思うのです。

 

 

私は今、異国タイで住み仕事をしているのですが、遠く離れたところから源九郎稲荷神社のことを見ていると、本当にこの神社に辿り着くまでには、いろんな不思議な縁があったなとあたらめて実感しています。

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また今は、安心して神社のことをお願いできる方々に巡り合い、支えられていることにいつもとても感謝をしています。

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そんな思いを抱きながら、一番最初に源九郎稲荷神社に導かれた者として、自分なりにその神仏の縁を辿りたいと思います。

 

前回の記事はこちらから☟

源九郎とよが持っている少し特殊な能力は第六感の1つなのかな??

前段が長くなってしまいましたが・・・

今回は

とよが持っている少しだけ特殊な能力についてお話ししたいと思います。

とよが
幼少期を過ごした四天王寺
少年期を過ごした信貴山奥の院
と、二つのお寺はともに聖徳太子さんゆかりのお寺でした。

 

そして、私は源九郎稲荷神社の復興活動に携わるようになってから、
斑鳩町
という場所で勤務するようになりました。

 

私は、この街の「法隆寺駅前交番」で、交番所長として勤務することになったのです。

 

この斑鳩町という街は、歴史にそれほど詳しくない方でも「聖徳太子ゆかりの地」であることは知っておられると思います。
聖徳太子が建立された「法隆寺」は世界文化遺産にも登録されました。

 

私は、警察を辞める前の4年間をこの地で勤務して、この地に深く関わることになりました。
そして、この地に関わるようになってから、私はとても深く神仏に関わるようになっていきました。

そのことをお話しする前に、私の少しだけ特異な能力について触れておきます。

私は高校を卒業してすぐに警察に勤務するようになり、その大半を刑事警察の分野で働きました。
私が刑事となった当時、女性の刑事は一人もおらず、奈良県で初めての女性刑事誕生ということで、新聞やテレビ等でも取り上げられました。

 

スリを取り締まる刑事から殺人事件や強姦事件等の捜査をする刑事の仕事に、約16年程携わりました。
でも、この刑事をしている時に、私は最後までこの仕事はできないだろうなと思うようになりました。

 

仕事の激務さや、複雑さ等もその理由の1つでしたが、この時私は誰にも言えない大きな悩みを抱えるようになっていました。刑事の仕事には、人が病院で亡くなられた場合以外に、その死因を医者と一緒に調査する検視という大切な仕事がありました。
そのため、私は年間100体程、亡くなられた方の検視を担当しました。

 

そして、この業務を担当するようになってから、時々、不思議なことを経験するようになったのです。

 

信じがたい話なのですが
「亡くなられた方の声が聞こえるようになった」のです。
いつもいつもではありませんが、時々聞こえてくるのです。

 

私は、若いころ無信仰であり、スピリチュアルな事も否定するタイプであったし、仕事柄、自分の目で見える実態のあるものしか信じることができませんでした。

 

なので、初めてこの声を耳にしたときは、自分がおかしくなったのだと思い耳鼻科で調べてもらいました。
もちろん、耳には一切異常はなく、それがかえって「脳に異常があるんだろうか」「精神病なんだろうか」と悩むことになりました。

 

この声というのは、会話をする程長いものではなく、本当に短くて「違うの・・」とか、「泣かないで・・・」とか、「ごめんね。許してね」といったものが多かったのですが、中には恨みつらみのような言葉を聞いたこともありました。

 

でも、このことは一緒に仕事をしている仲間にも一切話すことはできませんでした。
なぜなら、頭がおかしくなったと思われるのが嫌だったからです。

 

そんなことから、この経験は私の心の中ではかなり大きな悩みとなっており、何度も仕事を辞めようかと思いました。
結局、このことが原因で、仕事を辞めることはなかったのですが、それはその後に刑事の担当を外れて、

 

警察学校の教官をしたり、留置場の責任者をしたり、交番で地域の人と触れ合いなが仕事をしたり・・・
と死体とは縁のない部署に異動したおかげでした。

 

死者と接することがなくなってから、死んだ人の声が聞こえることは全くありませんでした。

量子力学的には確認されている霊魂という存在

今でも、なぜ死者の声が聞こえたのかわかりません。

 

ただ、父が亡くなった時、亡くなった父と会話をしました。

 

父が、あの時話してくれた事や、父の声が聞こえなくなる直前に父が言った言葉などは、今でもはっきりと覚えています。(49日が終わると父の声は一切聞こえなくなりました)

この時に、これは私が持っている1つの能力なのかもしれないと思いました。
そしてこのことは、仕事である方の死に遭遇したときに、死者が私に話しかけてきた声とその内容を耳にして確信しました。

 

でも、その内容があまりにも辛く悲しいことだったので、それ以降、人の死に立ち会うことが怖くなりました。

その後、仕事の関係で、とある大学の量分子物理学を学んでいる学生さんと知り合いました。

 

その人から、霊魂は眼に見えないけれど、ちゃんとしたエネルギー物体だと教わりました。

実際に、魂の重さを測る実験などは世界各地の量子学研究者の間では行われており、概ね0.2gの重さであることがわかっているそうです。
なので、死体から魂が抜け出たときに、その人の体重は0.2g減るというデータもたくさん確認されているそうです。

 

また、人の身体から抜け出た魂(エネルギー体)は、絶対零度だとも言われており、そのため霊魂が生きている人間の側に来ると寒さを感じるため、お葬式や霊がいそうな場所等に行くと、「ひやっ」とした感触を感じるというのは間違っていないとも言っていました。

 

さらに・・
私が時々死者の声を耳にするという経験は、死者の霊魂が持つ周波数と私の周波数のチャンネルが一瞬一致したからだと言われました。

 

また、昔の人には”第六感があった”なんてよく言われますが、第六感も目に見えないエネルギーであり、現代人もちゃんと持っているそうです。

 

ただ、目に見えるもの、聞こえるものの情報量が多くなりすぎて、第六感というエネルギー、つまり見えないもの聞こえないものを察知する人間の身体が本来もっている感覚が退化してしまっただけだそうです。

 

なので、犬や猫などの動物には、まだしっかりと第六感は存在していますし、おそらく霊魂等の存在も犬やネコには見えるはずだそうです。
そして、たまたま通常の人が退化してしまった感覚を未だに退化させずに持っている人がおり、その人達が「見えたり、聞こえたり」と、目にみえない聞こえないものの存在を察知することが可能なのだそうです。

 

この説明を受けて、なんとなく、自分の頭の中で、死者の声が聞こえるということは科学的な根拠があることだという折り合いがつきました。

 

とよは、タイで理学療法を専門とする病院で勤務していた際に、その病院で量子学を基にした様々な治療機械に出会い、その精度の高さにびっくりさせられました。

そこでは宇宙工学に基ずく最先端の治療も行っており、目に見えないエネルギ―と言うものが、計り知れない力を持ってることを知りました。

 

ただ、とよは人にきちんと理論的に説明できないものはやるべきではないと思っているので、とよの経営するスパでは理学療法は行ってるものの、エネルギーと言った言葉は極力使わずに解剖学、生理学等の医学理論に基いた理学療法を行っております。’

 

なので、時々、とよのこのブログに辿り着いたお客様でスピリチュアル世界感を持っていらっしゃる方から、スピリチュアル療法のことを聞かれたり、スピリチュアルな治療法を求められたりするのですが、そちらの分野は専門外なので対応できないことお断りしております。

 

「スピリチュアル」なことは認めているのですが、今まで常に根拠と理論に基づいて仕事をしてきた癖がついているため、スピリュアルな表現や伝え方がとても苦手なのです。

 

自称霊能者と本物の霊能者をしっかりと見分ける目を持とう!!

 

でも、この経験がきっかけで、私がそれまで否定して来た「目に見えない物」の存在を意識するようになりました。

そこから、「神様に守られている」といった、太古から人々が大切にしてきた神仏に対する思いを、全面的に受け入れることができるようになりました。

 

この出来事が、実は私が、信仰の世界に目を向けるようになった大きなきっかけなのです。

 

けれど、私は未だに「見える、聞こえる」と言ったことで人を惑わす人達の存在は大嫌いです。
眼に見えないもの、聞こえないものの存在は間違いなくあると思います。

けれど、それが全てではないし、それが人の人生を決めるものでもありません。

 

なので、神様がこう言っているからこうしなさい・・・というようなことを強制してくるような人は信用していません。

 

源九郎稲荷神社の復興活動に携わりだした頃、霊能者と名乗る人が沢山神社に来られました。

 

そして、

 
「神社を復興させるためにこうしなさい、ああしなさい。」
「源九郎大明神がこうしてほしいと望んでおられる」

 
等、いろんな指示を私にして来ました。

 

当時、私が書いていた神社の復興記事にも、そういった書き込みが沢山されました。
もう、うんざりという位、自称霊能者は同じようなことを言ってきました。

 

そして、私が神社が良くなってきた記事を書くと、「私が指示した源九郎さんのお告げ通りにしたおかげだ」と言われました。
 
その人の指示通りには、全く動いていないのに・・・・

 

そして、そういう人は、自分のブログ等で「私のお告げ通りにしたからあの神社は良くなった」と平気で書き、自分を支持する信者にも吹聴してまわりました。

 

源九郎稲荷神社の復興活動に、一生懸命に取り組んでいる人達の努力にあぐらをかいて霊的商売をする輩たちです。

 

お坊さんや神官さんの中には、「目に見えないもの、聞こえない物」の存在を見たり、聞いたりできる能力がある方は沢山おられます。

 

またお坊さんや神官さん以外にも、そういった能力を本当の意味で人助けに使われている方も沢山おられます。

 

とても優しい表現や伝え方で、スピリュアルな世界の出来事を教えてくださっている方もおられます。
そういった方は尊敬しますし、その方の能力や活動についても、常に興味を持って参考にさせていただいております。

 

なので、私は本物と偽物を見分ける力を、しっかりとつけなければいけないと思うようになりました。
聖徳太子さんから、かなり離れた話になってしまいましたが、神様仏様と仲良くなると、不思議なことを沢山経験します。

 

でも、それに変なこじつけをしたり、それを利用して人を惑わせたりせず、騒がず、静かに受け止めることが大切だと思います。
いつかかならず、その不思議な意味がわかるときが来るし、いっぱい感謝することになるはずです。

 

源九郎稲荷神社復興活動に続く「源九郎とよのバンコクス経営奮闘記」

 

源九郎とよ
源九郎とよ
源九郎稲荷神社がある程度復興して、多くの方が参拝に来てくださるようになった2014年、とよはある決意をします。

それまで勤めていた警察を辞めて、タイ、バンコクで新たな挑戦を始めることになったのです。とよが源九郎稲荷神社復興活動チームから離れて、警察同期生だった親友の助けを得ながら異国タイで奮闘するハチャメチャな様子を綴った物語が「元女性警察官(刑事)コンピがバンコクでスパ経営物語」です。

なんとか成功してお金を貯めて源九郎稲荷神社の社務所を建て替えるのがとよの夢なのですが、新型コロナウィルスのパンデミックもあり、なかなかすんなりとはいかない状態です。

でも、夢をあきらめずにやれるところまで頑張ってみたいと思います。ご興味のある方は、そんな源九郎とよの奮闘状況をご覧ください。 

元女性警察官(刑事)コンビのバンコクスパ経営物語