イザナミを喪って嘆き悲しむイザナキは、妻を死に追いやった子神カグツチを切り殺してもなお、妻のことをあきらめられないでいました。
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イザナキは、どうしても妻に会いたくて、黄泉つ国(よもつくに:死者の行く世界)へとイザナミを追って行きました。
イザナキは、暗く長いトンネルを手探りで進みました。
黄泉つ国に着くと、イザナミが御殿の戸を閉じて迎えました。
イザナキはイザナミに向かって
「私はお前と国つくりを終えていないのだから、戻ってきてくれ」
と懇願しました。
するとイザナミは
「残念ですが、あなたがすぐに来なかったので、私は黄泉つ国の竈(かまど)で煮たものを食べて黄泉の国の者となってしまいました。」
と答え、戻ることは難しいことを伝えました。
しかし、イザナミは、
「でも、やはり帰りたいと思うので、黄泉つ神と相談してみますから、その間、けっして私を見ないでください」
と、イザナキに念を押して言うと、殿舎に戻って行ったのです。
イザナキは、錯綜する期待と不安の中でしばらく待ちました。
しかし、イザナミは一向に戻ってきません。
ついに、イザナキは痺れを切らし、左の角髪(かずら:髪を左右に分けて輪の形に束ねる男子の髪形)に挿していた神聖な爪櫛(つまぐし)の端の太い部分を1つ折って、そこに1つ火を灯して御殿の中に入りました。
すると、殿舎の中では何かがうごめいていました。
よく見ると、変わり果てたイザナミでした。
イザナミの体には蛆が寄り集まってうごめていたのです。
そして、
顔、胸、腹、陰部、左手、右手、左足、右足から、
合わせて8種の雷神
が生まれていました。
その姿を見たイザナキは、恐ろしくなり、逃げ出しました。
「百年の恋も冷める」とは、まさしくこのことです。
イザナキに見られたことに気がついたイザナミは、
あれだけ見てはいけないと戒めたのに約束を破り、醜い姿を見られてしまったことに激怒して、
「私に恥をかかせたな!」
と叫ぶと、
黄泉つ醜女(しこね)
にイザナキの後を追いかけさせました。
イザナキは、逃げながら
黒い鬘(かずら:つる草の髪飾り)
を取って投げつけました。
するとたちまち、たくさんの
山葡萄の実
がなりました。
醜女達がこれを拾って貪るように食べる間に、イザナキは逃げました。
しかし、山葡萄を食べ終わった醜女達は、またしてもイザナキを追いかけてきました。
それでイザナキは、
角髪に挿していた神聖な爪櫛(つまぐし)
をとって投げつけました。
すると、今度はたちまち筍がニョキニョキと生えてきました。
またしても、醜女達はそれを採って貪り食いました。
その間にイザナキは必死で逃げました。
イザナミは。8種の雷神に千五百人の黄泉の軍勢を従わせてにイザナキを追わせました。
イザナキは腰に帯びていた十拳剣(とつかのつるぎ)を抜いて、後ろ手に振って災厄を払いながら逃げました。
そして、やっと、
黄泉つ平坂(よもつひらさか:黄泉の国と地上世界を隔てる切り立った坂)の麓
に着いたとき、桃の実を三個取って迎え撃つと、みな逃げ帰って行きました。
桃の実には邪悪な者を撃退する霊力があったのです。
そこでイザナキは、桃の実に
「お前は私を助けたように、葦原中つ国(地上世界)にある人間が辛い目に遭って苦しむときに助けよ」
と命じました。
最後に、イザナミ自身が追ってきました。
イザナキは
千引の石(ちびきのいし:千人で引くほどの大きな石)
で黄泉つ平坂を塞ぎ、その石を間に置いてイザナミと向かい合いました。
そして、夫婦の仲を断つ言葉を言い渡したのです。
イザナミはその言葉を聞いて
「こんなひどいことをするなら、あなたの国の人間を1日に千頭(ちかしら:千人)絞め殺してやろう」
と言いました。
するとイザナキは、それに答えて
「お前がそうするなら、私は1日に千五百の産屋(うぶや)を建てよう」
と言いました。
その結果、この世では
1日に必ず千人が死に、
1日に必ず千五百人が生まれる
ことになりました。
なお、黄泉つ平坂は、
出雲の国の伊賦夜坂(いふやさか)
のことだといわれています。
・・・・・こうして、一緒に国造りをした仲のよかった夫婦は永遠の決別をしたのです。
私(源九郎とよ)は、この話を小さいときに聞かされて、イザナキが黄泉つ平坂まで逃げる間、追いかけてきた醜女や黄泉の国の軍勢、雷神などの姿を想像し、怖くて夜眠れなかったことを思い出します。
古事記にはこういった怖い話がたくさん出てくるのですが、こういう話は世界各国にあるようで、次回は、類似神話を紹介したいと思います。
また、イザナキとイザナミが永遠の別れを交わした
黄泉つ平坂はどこなのか?
についても比定地があり、私自身訪れたことがありますのでそれも紹介していきたいと思います。
更に、この神話には古代の人々の生死間が描かれており、とても興味深いので、その点についても触れていきたいと思います。
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