菅田明神の子狐の大蛇退治

おなかをすかせた小狐が、ふらりふらりと郡山城下へと迷いこんできました。

右を見ても、左をみてもせわしなく行きかう人ばかりです。
助けをもとめようとも、誰も相手にしてくれません。
しまいにぐるぐる目をまわしてしまい、道端にばったりと倒れてしまいました。

しばらくして、小狐は気がつきました。
そこは町はずれの
長安寺村の菅田明神(すがたみょうじん)
です。
そばにひとりの娘がのぞきこむようにしていました。
どうやらこの娘がたすけてくれたようです。
娘は、小狐に水とにぎり飯をあたえてくれました。
おかげで小狐は、すっかり元気になりました。

それからというものの小狐は、この菅田明神の境内に住みつき、毎日娘と遊ぶようになりました。

同じ頃、村はずれの池に大蛇があらわれるという、うわさがながれてきました。
その大蛇は街道を通る人を、次々とおそうというではありませんか。

村の長老は、村の中でも屈強な若者たちを集め、鎌や鍬を手に確かめにいきました。

すると、なんということでしょう。
うわさのとおり、池のそばにおおきな蛇が横たわっているではありませんか。
「おい、蛇よ、おまえはどこからきた。ここはおまえがいるところではない。さっさとどこぞへいね!」
長老をはじめ、若者たちが大蛇にむかってすごんでみせます。
ところが大蛇は、どこ吹く風か、大きな口を耳まで開いて、ニターっと笑います。
丸太のような大きなしっぽをひとふりし、軽々と若者たちを投げ飛ばしてしまいました。

おそろしい大蛇の力に長老は、すっかり青ざめてしまいます。
大蛇は、長老にむかっていいました。
「新月の晩の度に娘をひとりよこせ。でなければ川に毒をながして、おまえたちの田畑を枯らしてやるぞ。」
大蛇におどされ困り果てた村の長老は、侍に大蛇退治を頼みに郡山城へおとずれました。

しかし、お城には殿さまをはじめ、侍たちがいません。
他国でおこった戦にでかけてしまっていたのです。
城下町で用心棒を探すが、既に大蛇のうわさを聞いて誰もひきうけてくれません。

その夜、長老の家に村人たちが集まりました。
みんなで相談した結果、殿さまが戻ってくるまで時をかせごうということでした。

それまでの間に大蛇に田畑をあらされてはたまりません。
やはり人身御供をだすしかありません。

なくなく誰かの家の娘に犠牲になってもらおうと決めたのでした。
そこで公平にするため、くじ引きをすることに決まりました。
そして運悪く、くじにあたったのは村の鍛冶屋でした。

鍛冶屋にはひとり娘がいました。
そうです。
あの小狐を助けた娘です。

鍛冶屋は大いに怒りました。
「娘をバケモノにくれてやるぐらいなら、わしが退治してくれる。
バケモノを退治する神剣をつくってやるぞ」

鍛冶屋は、普段は鍬などの農具しか扱っておらず、剣をつくったことはありません。
しかし娘を守りたい一心で、その日から昼夜問わず、神剣づくりに挑戦しました。

なんど失敗をしてもあきらめず鎚をふるい、鉄をうつのでした。
その様子をうかがうものがいました。
菅田明神に住みついたあの小狐です。

小狐は娘の一大事と知って、城下町へとんでいきました。
そして町はずれの源九郎稲荷神社に訪れたのでした。

「源九郎きつねさん、源九郎きつねさん。
どうか、あの娘をおたすけください。
どうか、あの娘をたすける力をお授け下さい。」
小狐は一所懸命にお祈りをしました。

次の新月までもう間もない頃です。
鍛冶屋は満足いく剣がつくれず、がっくりとしていました。

そんなとき、鍛冶屋の家を訪れる者がいました。
異国の衣装をまとった不思議な若者です。

若者は、鍛冶屋にうやうやしくおじぎをするといいました。
「悪い大蛇を退治する剣をつくっていると聞きました。
私は遠い国で剣をつくる勉強をしていました。
どうか私に手伝いをさせてください。」
渡りに船と、鍛冶屋は大いに喜び、若者をまねきいれます。

近頃、菅田明神をおとずれても、小狐の姿がありません。
どこかへいってしまったようです。
小狐にお別れをつげることもできず娘は、ひどくさびしく思っていました。

夜、ふと娘が作業小屋の前をとおりかかったときです。

中では、休むことなく父親と若者が剣づくりにいそしんでいました。
一瞬、炭からあがる炎が、二人の影を部屋の壁にうつします。
するとどうしたことでしょう・・・

なんと若者の影が、あの小狐の姿をしているではありませんか。
びっくりして、娘は目をごしごしとこすり、もう一度、目を凝らして見てみました。

小狐の姿をした影はなく、若者の姿になっていました。
小狐を思うばかりに見えた幻だったのでしょうか。

・・・そして、とうとう新月の日がきました。

果して、みごとな神剣ができあがりました。
暗がりでボウッと青白く神秘的な光を放っています。
鍛冶屋と若者は手をとって喜びあいました。

日が傾き始めたころ、村人たちが鍛冶屋の家に集まってきました。
娘をさしだせとさわぎだしています。
若者は、怒った父親をなだめます。

怯える娘に「大丈夫だよ」といって、若者が村人たちの前に出てきました。
見慣れぬ若者の登場に、村人たちは抗議の声をあげます。

「なんだおまえ。さっさと娘をだせ。」
「まぁ、お待ちなさい。」
「これはバケモノをやっつける神剣です。
私には剣のこころえがあります。
この神剣でみごと大蛇をうちとってみせましょう。」

そういって若者は、村人たちを説得すると、村を後にし大蛇退治にむかったのでした。

日が暮れて、空に月がない夜がふたたびめぐってきました。
若者は、大蛇がいる池までくると声をあげました。

「街道をあらし、村人たちを苦しめる大蛇よ!でてこーい!」

すると池の水面がもりあがり、はげしく水柱があがります。
その中から大蛇が姿をあらわしました。
「なんだ、おまえは。うるさい小僧だ。」

大蛇はあたりを見回します。
「おい小僧、娘はどうした。」
娘の姿がないことに大蛇は怒りをあらわにします。

「バケモノにくれてやる娘はいないっ。今ここでおまえを退治してくれる!」
若者はそう怒鳴ると、すらりと剣をぬき、大蛇にむかって駆けだしました。
しかし神剣を前にしても、大蛇は身じろぎひとつしません。
「生意気な小僧め。おまえなぞ、わしの相手になるか。」
池の中から尻尾をのぞかせると、次の瞬間、

ブウン!
大木のような尻尾がせまってきて、若者をうちつけました。
勢いあまって若者はとばされます。

背後の木に強く叩きつけられ、ショックのあまり若者は気を失いかけます。

するとどうしたことでしょう。
若者の姿が消えて、小狐にかわったではありませんか。
そうです。
鍛冶屋の娘に助けられ、菅田明神に住みついた、あの小狐です。
娘を助けたい一心で、異国の若者に化け、大蛇退治にかってでたのです。

「なんだあ?狐が化けておったのか。小狐、いったいどういうつもりだ。」
大蛇がせせら笑います。

「おまえになんか、あの娘をたべさせるものかっ」
小狐はふらふらになりながら剣をとり、大蛇の前にたちはだかります。

「こしゃくな小狐め!」
小狐は、何度もなんども大蛇の尻尾に叩きつけられます。

「ふん!村のやつら、約束をやぶりおったな。
こうなったら川に毒をながして作物を枯らしてやる。」

蛇はゆっくりと池から這い出し、村のほうへと移動しはじめました。
「やめろ!そんなことはさせない!」
小狐はたちあがり、おいすがると剣をふりあげ、大蛇の胴めがけてふりおろしました。

カーン!
なんということでしょう。
あれほど鍛えられた剣は、大蛇の体をおおうかたいウロコにはじきかえされてしまいました。

もう一度、渾身の力をこめて斬りつけます。
しかし大蛇の体に傷一つ負わせることができません。
まるで歯がたちません。

「この!この!この!・・・」
それでも小狐は何度もなんども、剣をふるいつづけます。
大蛇はまったく平気な様子です。

あきらめの悪い小狐をわずらわしく思い、
「ええい!うるさい小狐だ!」
大きな口をあけて、小狐に食らいつかんとしました。

そのときです・・・!!

ボッ!
闇の中に青白い炎がともりました。
それは、たちまち無数の火の玉にわかれ、白狐に変化し大蛇におそいかかりました。寸前のところで小狐は白狐の群れに救われます。

いつの間にか、小狐のそばに高貴な武人が立っていました。
よくよくみると、その顔は白狐です。

すっと白狐が大蛇に手をかざしました。
するとどうでしょう。とたんに大蛇は身を硬直させました。
「むぅ、体がうごかない!!」
大蛇がおびえた声をあげました。

「あ、あなたは、源九郎きつねさん!」
白狐は、涼やかな笑みをうかべ、うなづきました。
小狐は、ふつと胸に熱いものがわきたちました。

最後に残った力をふりしぼり、大蛇めがけて駆けだし、高く飛びあがりました。
「えーいっ!」
大蛇の大きく開いた口めがけて神剣を投げつけます。
神剣は、大蛇の喉の奥に吸い込まれていきます。

大蛇は、声なき悲鳴をあげます。
はげしく身もだえし、やがて、絶命しました。

・・・・・・夜が明けても、若者はもどってきません。
鍛冶屋の父子と村人たちは、おそるおそる大蛇のいる池へいきました。

すると驚いたことに、あの大蛇が口から血を流し横たわっているではありませんか。

村人たちは、あの若者が退治してくれたのだと大喜びです。
それにしても若者の姿がありません。

娘は池のまわりにある沢山の小さな足跡に気づきました。
見覚えのあるケモノの足跡です。

村人たちが大蛇の死体を始末しているときです。
すると尾のところから、あの神剣が出てきました。
娘は、その剣のつかについた跡をみて驚きました。
それは、小さなちいさな小狐の手の跡でした。

娘は確信し、村人たちに話しました。
あの異国の若者は小狐が化けたのだと。
小狐が村を救ってくれたのだと。

それを聞いた父親と村人たちは、小狐をたたえ、神剣を
「小狐丸」
と名付けたのでした。

娘は、ほうぼうを駆けまわり小狐の姿をさがしましたが見つかりません。
その後、あの小狐が娘の前にあらわれることはありませんでした。

その頃・・・・
城下町のはずれにある源九郎稲荷神社。
そこへ小狐がおとずれていました。
小狐は社に向かっておじぎをすると、いずこへと去っていったのでした。