前回のお話は、
東北諸国の平定に向かう大毘古の前に現れた一人の少女が謎めいた歌を歌いました。
それは、謀反を予言したものでした
兄妹の天皇暗殺計画
皇位は、崇神天皇から伊久米理毘佐知(いくめりびこいさち)の命(垂仁天皇)へと移りました。
垂仁天皇は、師木(しき)の玉垣の宮で天下を治めました。
皇子が13人、皇女が16人の合わせて29人の子がありました。
垂仁天皇は、日子坐(ひこいます)の王の娘、沙本毘売(さほびめ)を后としていました。
あるとき、沙本毘売は、同母兄の沙本毘古の王から、夫と兄のどちらをより愛おしいと思うかと尋ねられ、兄と答えました。
すると、沙本毘古は
「もし本当にそう思うなら二人で天下を治めよう」
と言って彼女に太刀を渡し、そのうえで、天皇が寝ている隙に刺し殺すように言い含めました。
天皇はそのような陰謀があるとは露知らず、沙本毘売の膝を枕に寝ていました。
沙本毘売は小刀を3度振り上げましたが、どうしても刺すことができません。
そうこうするうちに、悲しみに耐えきれず、目から涙があふれ出ました。
こぼれ落ちた涙を顔に受け、天皇が驚いて目を覚ましました。
そしていま見た夢について語りました。
「沙本のほうからにわか雨が降って来て、わたしの顔を濡らした。また、錦色の小さな蛇が私にまきついた。いったい何の前兆であろうか?」
沙本毘売はもはや隠したては無用と考え、全てを白状しました。
天皇のもとを去る沙本毘売
沙本毘売からすべてを知らされるや、天皇は
「危うく騙し討ちにあうところだった」
と言って、すぐさま沙本毘古の王討伐の準備にかかりました。
一方、事が露見したことを知った沙本毘古の王は、稲束を固く積み重ねた稲城とでもよぶべき砦を築き、迎撃態勢を整えました。
この時、沙本毘売は天皇の子を身ごもっていましたが、兄を思う気持ちを抑えがたく、こっそり裏門から抜け出して、稲城の中に逃げ込みました。
天皇は、彼女が懐妊しているうえに、寵愛することすでに3年にも及んでいたため。彼女を死なせたくありませんでした。
そのため、包囲はしたものの、急には攻めようとはしませんでした。
隠して膠着状態が続く間に、沙本毘売は男子を出産しました。
沙本毘売は赤子を稲城の外側に置くと、使者を送って天皇にこう言わせました。
「もしこの子をあなたの御子と思うのならば、どうか引き取ってお育てください」
天皇は赤子を引き取る際に、沙本毘売も奪い取ろうと策を弄しますが、沙本毘売がそれを見越して、事前に対応策を施していたため失敗に終わりました。
兄に殉じた沙本毘売
ここに至ってはもう、あきらまるほかにはすべはありません。
せめて沙本毘売の思いをできるだけかなえてやろうと、天皇がさまざまな質問を発したところ、彼女は、その一つ一つにはっきりと答えました。
・御子の名は、稲城が焼かれる火の中で生まれたので本牟智和気(ほむちわけ)の御子としてください
・乳母と大湯坐(おおゆえ)・若湯坐(わかゆえ)
※いずれも赤子に湯を使わせる係の女性
をつけてしっかりとお育てください
・後添いには旦波(たんば)の比古多々湏美智(ひこたたすみち)の宇斯(うし)の王の娘、兄比売(えひめ)と弟比売(おとひめ)をお迎えください
尋ねることがなくなれば、なすべきことはただ一つ
天皇が断を下すや、ついに総攻撃が開始となりました。
沙本毘古の王が討たれたと知ると、沙本毘売はこれに殉ずるべくみずから命を絶ちました。